わたし自身を、知るために



21年前にわたしは南国、シンガポールで生まれました。
 
ああ、シンガポール

常夏で四季など無く、街中に溢れるスパイシーな香辛料の匂いが鼻をくすぐり、多国籍国家という言葉の通りに様々な肌の色の人間が混在し、共通語でさえ複数ある不思議な国、シンガポール。わたしを語る上でかかせない国です。
 
戦後の短い期間の間に、資源も土地もない小さな国ながら、それでも急速な発展を遂げたシンガポールは2007年に一人あたりのGDPの額で日本を抜かし、アジアトップとなりました。(勿論この額を様々な点から指摘することは出来ますが、数字としては事実越えました)その国政や経済のやり方を「無茶苦茶な」という風に思うひともいれば、「なんと効率の良さを追求した国なんだ」と驚くひともいます。
兎にも角にも最先端で圧倒的なスピード感を持った国として、東南アジアの真ん中、赤道のところに君臨する都市国家であり、小さな小さな先進国です。
 
 

 
  

 
 
そんなシンガポールへ、明日からしばらく帰省します。
 
日本(成田)へ帰国するのは4月3日。2週間以上もの長期間、特にすることも無いのに長く戻ることにしたのは他ならぬ「自分のアイデンティティ(自己同一性)、ルーツ」をきちんと知らねばならないと思ったからでした。いつかは一度、じっくりとシンガポールと向かい合わねばならない、そう思っていたのでこの大学の春休みは打ってつけの期間でありました。
 
幼少期にシンガポールから日本へ来たわたしは、中学からの思春期を完全に日本で過ごしました。シンガポールでの生活が深く身に染み込んでいようとも、若者の順応能力はとても速いもので、少しずつ少しずつ、あの南国の記憶が確実に薄れゆくのを実感しながら、ついには自然と大学生にまでなってしまいました。
 
英語も、中国語も、マレー語も。
耳に残っていた筈であるのに、少しずつ曖昧な記憶になってゆきます。

 
実家へ戻って思い出を眺めようと適当に選んだ小学生の頃のビデオを見返せば、そこには流暢に英語や中国語を操るわたしがいて、聞き慣れない英単語なども聞こえてきて。本当にあれがわたしなのか、と不思議な気持ちになるのです。
 
  
さて、わたしの母国はどこか。
そう考えるとわたしはやはり、シンガポール、と答えます。
それでも日本もシンガポールも、わたしの母国である筈です。
どちらの国も大好きですし、ふたつの国で育ったことを強く誇りに思っています。
そしてとても、感謝しているのです。
 
ですが、薄れゆく記憶に自信が無くなっていく度に、
わたしは少しずつ「完全に日本人」になっていく気がしています。
 
それが、それがとても恐ろしいのです。
 

 
 
わたしは、わたしを探しにいく。
「どこ出身なの?」と尋ねられた時に、しっかりと答えられるように。胸を張って、幼少期には知り得なかったシンガポールの歴史や文化についても深く説明出来るように。だって、母国なのだもの。日本史だけでは、日本の文化だけでは、日本のことだけではわたしのことを全て説明することは絶対に出来ません。わたしはやはり、どちらの国のことも知り、そしてふたつの国の間にあった悲しい歴史(昭南島)もひとより深く学ばねばならないと思っています。
それがわたしの使命であるとさえ、思っています。
 
将来的に、わたしはどちらかの国籍を捨てねばなりません。

それが日本なのか、シンガポールなのか。どちらを選んだとて、わたしが双方の国へ愛国心を持っていることに変わりはありませんが、それでもどちらかを選ばざるを得ないのです。その選択に、自信を持てるように。その選択をする、踏ん切りがつくように。
 
 
わたしは久々に、母国へ戻ります。
  
 
あちらでも更新できたらしようと思っていますが、しばらくの間更新しませんのでどうか何卒。