雨宮美奈子、ももいろ革命

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

声に出して言うよ、死にたい

なんでだろうな、と自分でも不思議に思うのだけれど、このぐらいの季節、もっと正確に言えば11月中旬ぐらいからわたしは毎年、死にたいという気持ちとかなり深刻に戦うはめになる。ほんとよ、これ。3月のはじめ、ぐらいまで、ずっと。
 
そりゃ冷えるし寒くなる季節な訳で、お布団から出れなくなるってひとは山ほどいるはずだし、天気や短い日照時間に鬱々とするのは誰しもにあるだろう、そんなもんは甘えのひとつやな〜、なんて言われるのは当然の上で。その『やだなーやだなー』の一般的なやつを凌駕したもの、なのだよ。ほんとに。
去年のわたしは、本当にきちんとしっかり死にたくて、自殺用のロープをAmazonで購入した。(その頃のわたしを心配したひとりの友人が、当時わたしの家に来てロープは持って帰ってしまった、へいへい、未だに返してくれないよ!手首にカミソリで湯船に突っ込む方法では死ねなかったし、なんか生きたい本能みたいなのでいつの間にか自分で手当てしてたし、家にあったひもは体重でちぎれてしまったし)
 
これは、20歳の頃からだ。
このブログをうっかり更新してない先月の間に、これまたうっかり24歳になってしまったわけだけど、今は誕生日を祝われるような気持ちでは無くて、だからブログで『誕生日ですよ〜ン!祝って〜!』なんて自分からアピールしたいドヤ顔の欲求はちょっと今は息をひそめている。
 
半年ずつ交互に。
超ハイテンションに旅行も何もかもを駆け抜ける春からの半年、死にたいという欲求を毎日何度も思うことになる冬からの半年。
これがわたしの1年、ほんとこんな感じ。やだもう。
これが一生続くのだとしたら、わたしの未来のうちの半分は楽しくて、半分は死にたいものになる。まあ、人生それぐらいのバランスなら、マシなほうなのかもしれないけども。
 
 
ああ、
死にたい、死にたい、死にたい。

そうやって欲望を、文字でもなんでも声に出せるうちはまだ平気だもんな、と自分で思う。平気でしょ、わたし、まだ。ほら大丈夫、って。
 
テンションが上がって色んなことしたくなるのに身体はダルくて追いつかずにとにかくイラつくこともあれば、身体は走りたいほど活動的な感じがするのにいざ外に出てみれば道を歩く人に嫌われてるような変な妄想にとりつかれて結局、家に戻ったりする。
なんだかそれが、いったりきたり。ずっと。ここ1ヶ月ぐらいの話。

あと、眠気が取れない。
本当に20時間ぶっ続けで眠れたりする。トイレに立ってるんだろうか。無意識に立ってるのかもしれないけど、だとしたら記憶は無い。20時間、眠れる。いや、それ以下だと眠くて仕方ない。20時間寝ても眠い時もある。冬はいったいなんなんだ、わたしになにを求めてるんだ!眠ってばっかりなんてやだよ!やだよ!そう思って嫌になって床に頭をぶつけて、自分ひとりで流血したこともある。
 
 
去年のわたしは
 
学校へ、行けない。
起きるのがいや。
やっとのことで玄関に立つと吐き気がする。
実際に、吐いてしまう。
 
鬱々とする。線路に飛び込もうとする。
知らないおばさんに体当たりで止められる。
駅員さんに本気で怒られる。
大学の授業中にもとにかく涙を流してしまう。
 
ってな感じだった。
今年も似たような感じで、なぜか授業中にいきなり笑いながら涙流してたのを見て、後輩にひどく不審がられてしまった。ごめんなさい。
そして悪化するそれを見た周囲のすすめで大学の心理カウンセラーさんみたいなところに行かされ、カウンセラーの手によって次は精神科医にまでまわされてしまった。なんて、おおごとな。
だけどもう割と、自分で感情が(主に涙を流したり顔の表情作るのが)コントロールできない。
 
 
何もかもが嫌になる、

自分のむっちりとした脂肪を纏った身体が嫌、低い鼻も丸い顔も、勉強がちっともできない頭も、物理学で使う数学ⅢCに未だに苦労する不器用さ、片付けの下手さ、友人関係、薄っぺらい周囲の心配の言葉、中途半端な薄笑い、人ごみ、道ばたを歩く中年の男性、田舎のありふれた風景、割れてしまった高い貰い物のアイシャドウ、うまく干せない洗濯物、もうなにもかも。いや。
 
わたしは、自分自身が『本当はこれぐらい、わたしできるんだもん!』っていうレベル認識みたいなものを多分持っていて、それを満たさなかったり実現できない自分に苛立ちをひとよりかなり強く覚える人間で、すごく大きな自己愛とその出来なさの間に挟まれて死にそうにやってるという自覚がきちんと、ある。
春から夏の間にかけては、それがうまくいかなくとも、何度も挑戦する変な元気があって、うぇーい!ってイキイキと高い目標に邁進する良い感じの人間に見えるんだろうと思う。(というかそうであると信じたいな?みんなそう思っていてね、よろしく)
 
冬がだめなんだ、冬が。
 
自分のたっぷり持ち合わせている自信のなさが、本当はむちゃくちゃ持ってる自信の無さが、いつもは見せないんだけど、こりゃもうたっぷりと露呈してしまって、それの受け止め方や受け流し方、そういうものをど忘れしたかのようになって。眠れば起きられないし、なかなか眠れないし。なにこれ、ってな感じよほんとに。
自分のここにいる意義、自分が大学に通う意味や社会へ出る意味、やりたいことがマジで分からなくなって、苦しくなって、やなことばっかり頭の中でループして、髪の毛を左手でむしりながら(今年の冬もまた一部ハゲるんかいな)、またAmazonで思わずロープを眺めてる。
 
 
あなたには家族が居る、友人が居る、恋人だって居るじゃーん!
死ぬことなんてないじゃーーーん!
……なーんて言って元気づけようとしてくる人もいるけどもさ、結局他者は最後まで他者なんだよぅ、、、っていうわがままが強いのだ。わたくしめは。
死にたいよ、誰が分かるんだよこの気持ち、『わかーるわかるよー、きみのきーもちー♬』って昔誰か歌ってたよね、小池徹平だっけ。あの歌みたいなことを24時間耳元でささやかれたって、わたしゃこの気持ち、ぜんぜん揺らがんね。ってなぐらい頑固。
 
わたしは結局わたしで、他の誰かがわたしを救ってくれるわけじゃあないんだ。誰かに依存して、依存し尽くして、それで救われた気持ちになってみてもいいけど、わたしほんの少しだけは考えられる頭があるからさ、それじゃ本質的には全然だめなんじゃん?ってことに気づいてしまうわけ。中途半端に、気づいてしまうわけ。
 
誰かに甘えきって固執して依存して、べとべとに砂糖コーディングされたかのような、そういう愛『みたいな』もののなかで浮遊して、大丈夫わたしは大丈夫よ、って自分の言い聞かせるの、すごく心地よさそうだ。
心地よさそうだ、けどすごく、滑稽じゃない?わたしのプライド(また出たよ自己愛!)が邪魔するし、なんだか全体的に耐えられないし。
 
 
ふあー、もうもうもう
今日精神科医のお医者様にもらった薬を飲むのもなんか、『はいそうです!わたしが変なおじさんです!』みたいなノリで『はいそうです!わたしがメンタルがやばいひとです!』みたいに認めちゃうみたいな感じでそれがなんだか本当にすごくいやで、薬まだ飲めてないし、わたしもうなんなんだよほんとに、なんなんだよ
 
 
声に出して「死にたい〜〜〜」って言えるうちは大丈夫だって、自分のなかで明確に思ってる。…って思ってるし思ってたんだけど、悲劇のヒロインみたいな自殺未遂でなく、死にたいな〜って軽く言いながら本気の自殺「未遂」をしたことがある。だからわたし、うっかりやっちゃうのかもね、そうなったらどうしようね、なんてどこかでひどく客観的に自分を見てる。
 
とりあえず今日の精神科医の診断はそうかもね?と思い、その後行った大きな病院での診察では「胃潰瘍ですね」だったから今日は死ぬほど、死ぬほど薬がある。
 
 
1日3回の薬、食前のやつ、食後のやつ、間のやつ。
寝る前に飲むやつ、腹痛の時に飲むやつ、気分が落ち着かない時に飲むやつ、吐き気とめるやつ、とかなんとかかんとか。
もうどれがどれか分からない。
 
 
ここまで読み返すと、なんだかすごく元気な人が書いてる文章に思えて来た。こりゃ大丈夫か。うん、大丈夫だ。わたしは別になんともないんだな。
 
はい、おやすみ。あー、死にたい。