雨宮美奈子、ももいろ革命

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シュビドゥバ 銀座

先週、銀座へと出向いた。
 
歩行者天国になっている銀座の道路、活気が満ち満ちていたにも関わらず、大きな違和感があった。なるほど、歩くひと、歩くひと、皆が日本語を話していないことにふと気づく。
 
派手めのファッション、がに股のその歩き方でこの人々が何者かという推測はつく、そう、今銀座には中国人観光客が溢れきっている。
 
銀座は誰のものってなわけはないのだけれど、通行人の過半数以上が明らかに日本人『ではない』という状況に少し危機感を(勝手に)覚えたのだった。
わたしはシンガポール生まれシンガポール育ちだけども、ここ銀座は日本人の憧れの地であることぐらいさすがに分かるのである。
 
そびえ立つ銀座のビルの群れ、見上げればユニクロの看板。
銀座にもユニクロがある時代……かと思いきや、驚き桃の木、GUまである。ついでに免税店のラオックスも路面に大きなビルを構えている。
ファストファッションもあるのね、を通り越して激安の服飾店もかまえているとなると、ここは本当に銀座なのかと問いたくなる。
なぜなら、三越が、憧れのジュエリーショップが、喫茶店の名店が、華やかな夜のクラブが、それがわたしにとっての銀座のイメージを形作るものだからだ。
 
資生堂パーラーに入る。
少し並ぶ。その間に周囲を見てみれば、客には中国人観光客が多い。

日本に来る中国人の若い女の特徴として、綺麗な肌、がに股、シャネルのミニバッグ(ちゃんと本物)、派手なスマホケース、大きなサングラスあたりが特徴として挙げられると思う。爆買いされた複数の紙袋も特徴的。資生堂パーラーはそんな女の子を含めた中国人家族連れが多かった。
 
どこでもかしこでも中国の友人や親戚と画面通話している。日本人が、あまり公共の場でやらない光景だ。
 
銀座には今、中国語表記が目立っている。中国人観光客を失っては潰れてしまうという店も多いのではないだろうか。
 
時代の流れといえば仕方ないであろうが、どこか切ない。
そういえばパリに行った時、ルイヴィトンのシャンゼリゼ通り店で店員が言っていた。『今は中国人のお客様ばかりだけれども、バブルの頃は日本人だらけでしたよ』
シャンゼリゼ通りがパリのひとにとってどんな意味をなすのか、わたしにはきちんとは分からない。けれどもきっと、銀座のような場所なのだろう。
 
その街の商業のシンボル。
そこは常に、それぞれの時代を先導する国の人が爆買いをするおかげで成り立っている街なのかもしれない。そして、店に丁寧な歴史はあれど、客層には積み重ねた歴史はないのだろう。客に文脈はない、あるのはその時代を象徴する豊富なマネーだけだ。その中で、どれだけマネーにあやかりながらも、きちんと伝統や歴史との折り合いをつけていくのかが重要なのだろう。
 
うーん、でも、なーんかやだね。資本主義って感じ。
……と思いながら、わたしは資生堂パーラーのアイスを小さく口に運ぶ。それはそれは贅沢な、きちんとした銀座の歴史の味がした。