ライターを、辞めます



私という人間はプライドが高く、完璧を目指そうとする性格なのでこの記事を書くこと、公開することには正直、まだ非常に恥と躊躇が残っています。

ですが、書く必要があると思い、数日かけて書きました。皆さんにお知らせも兼ねて公開します。

 

ここ数年はフリーランスのライターとしてたくさんの仕事をいただいてきましたが、ライターを辞めます。

 

 

ここでいうライターというのは具体的に言うと、好きな文章を自由に書くといった創作ではなくて、納期までに文章を仕上げてコツコツ納品するような、職人ライターとしての仕事です。

人(有名人や経営者など様々)へのインタビュー記事や、店の取材、アポどり、校閲や編集作業、違うライターへの発注作業・確認作業、雑誌のレイアウトを組む、などなどのことを包括的に指します。

 

そしてこの職人ライターとしての仕事がここ数年はずっと私の稼ぎの中心だったので、このライター辞めます宣言は「仕事を辞めます」という宣言に近いものです。

フリーランスには「辞職」「退職」という概念がないので、このブログが実質このライター業の辞職届のようなものだと思っていただければと思います。

辞めます、というよりは、どうか辞めさせてくださいという気持ちです。

 

 

今日までずっと捨て切れなかった恥を思い切って捨て、正確にお伝えすると、現在の私はもうこのライター業を続けられる状況ではありません。

自分で、自分のコントロールがきかない状況です。

 

先に述べておくと、そういう状況であるゆえに、今書いているこのお知らせの文章すら数日間にわけて必死に書いています。

それでも「仕事ください!」と周囲に言っていた以上は、「もうやりません」ということも伝える必要があるはずと思い、ほぼiPhoneの音声入力で書きました。

 

以下、何があったかを主観的に記します。

 

 

まず、ここ半年で自分自身がまずい状況に向かっている自覚はありました。

このままだと仕事を続けられないぞ、という予兆が少しずつありました。

以下に述べるようなものがありました。ちなみに、夫を含めた近しい友人や知人たちの数名は、私の異変に気づいていたそうです。彼らの助言もあって、今回はこのような決意に至りました。

 

 

<意欲の低下>

了解です、と返せばOKなのに、たった一言の返信ができない。

一年前の私なら「こんな大きな仕事がもらえた!」と嬉しくて周囲に自慢するような仕事依頼に気が乗らず、どんどん断るようになる。

そもそも、仕事どころか自分の日常生活(公共料金の支払いなど)もできなくなり、払うお金はあるのに冬に家のガスが止まる事態になる。

大嫌いだったはずのコンビニ飯が増える。

仕事は終わって納品も問題なく終え、なんなら取引先は絶賛してくれていて、あとはお金をもらうだけという本来なら解放感あふれる状況ですら、請求書が出せない。(今の時点で、自分のせいで40万円ほどまだもらえていないお金がある)

 

今までの量のご飯を食べなくなる。かと言って酒も飲まない。

美容院に行く頻度が急に減る。

自分のためにお金を使いたくならない。

LINEの未読数が500件を超え、友人の「このスタンプ買ったの、あなたも好きだと思う!」というこちらに嫌な思いをする要素がひとつもない些細な楽しい話題にすら反応ができない。

夫や親からの他愛もない連絡すら、うまく出られないことが頻発する。

仕事の打ち合わせにはなんとか出られても、友人からの「遊びに行こう」という誘いにはあまり出られなくなる。

 

 

 

<集中力の低下>

今までなかったのに、携帯電話を頻繁に手から落とすようになる。

30分前に自分がご飯を食べたことを忘れ、お腹もいっぱいなのに、なぜか今から昼ごはんを食べようとファミレスを検索して入店してしまう(そして入店後に自分の満腹に気がついて青ざめる)

 

チャットワークやメール、DMなど分離した連絡ツールの全てをそれぞれちゃんと見ることができない。

様々な連絡が曖昧になり、送れたと思っていたものが送れていない、ということが何度も続く。

 

自分の手に熱湯がかかり、大きな水ぶくれになったものの、そうやって火傷したことに人から言われるまで自分で気がつかない。

自分自身のことを、幽体離脱してどこか遠くから見ているような感覚になる。

先月、ついに自らの不注意で交通事故に合う。(非常に軽度のもので怪我はたいしたものではありませんが、運転手に迷惑をかけました)

 

そして、個人的には一番ショックだったのが

「今までは決してなかったレベルの文章の誤字脱字が、仕事でもプライベートでも急に増える」

 

 

これは文字を仕事にする人間として、もうダメだという決定打でもありました。

これでは、仕事人としてお金は受け取れません。

 

小説や脚本ならまだしも(それでもアレですが)、プロの職業ライターとして変な日本語をメディアや会社のパンフレットなどに載せるわけにはいきません。

場合によっては私だけが確認すればチェックなしでメディアに出る仕事もありましたし、他人の文章を修正する仕事も多々あり、責任的にも重大なものが多くありました。

ですので、こんな状況では私は責任を持って仕事を続けられません。

 

今、私が急に降りることで(継続案件や、引き受けた上で4月から新たに始まる予定のもの、知人が関わっているものなど多々ありました)、たくさんの人に迷惑をかけることはもちろん、よく理解しています。それについては、本当に本当に心から申し訳なく思いますし、謝っても謝りきれませんし、個別に連絡します。

無責任に引き受けるな、とお怒りの声をいただきもしました。ごもっともです。

 

しかしその上で、これ以上無理をして続けてしまえば途中でもっとひどい状態で仕事が崩壊し、もっと迷惑をかけるだろうということもまた目に見えています。

よって、今後はライターや編集者としてのライター業の依頼は断り、降りようと決意しました次第です。

 

最近は私の母親の調子が悪かったので、心配で母を東京に呼び寄せたのですが、今やその母に私が心配される日々が続いています。これでは、ミイラ取りがミイラになってるというか。もはや、そんな状態です。

 

 

とても正直にいうと、私は脚本家やエッセイストのような仕事(ここでは区別のために作家業と呼びます)では仕事のあるときないときに大きな波がありましたが、

 

先ほどから述べている職人ライター(ライター業と呼びます)としての仕事では、ありがたいことに依頼が途絶えることはありませんでした。

クリエイティブな作家業の方が好きでしょう、と人は言いますが、ライター業のほうが評価は明確で好きだったという気持ちもありますし、ライター業にもクリエイティブは求められて非常に面白いと思っていました。

少なくとも、他の仕事よりはライター業という仕事は私に向いてはいたと思います。

 

 

数人の編集者(特に出版社にいる友人など)が私のことを周囲に強くレコメンドしてくれることも多く、食うには困らず、なんならライター業としての単価は上がる一方でした。

書きたいと願っていた媒体にも声をかけられ、青春時代のスターなど会いたかった人にインタビューする貴重な機会にもたくさん恵まれました。これは作家業だけでやるぞと宣言していたらできなかった経験でしょう。

知人に仕事をもらうこともありました。ネットも紙面も、全ての仕事においてトラブルがなかったわけではありませんが、比較的いい仕事に恵まれていたように思います。

 

とにかく、生活的な意味で言えば金銭的には問題なかったですし(なんなら夫も仕事を一生懸命してくれていますし)、仕事としてもありがたい立場にいることは自覚していました。

 

だからこそ、仕事的に波に乗ってきた感じのするまさに今仕事を辞めることは、私自身としても屈辱的で、許しがたく、申し訳なく、とても耐えられないものです。

 

本音の本音を言えば、日本に来てから苦労して日本語を習得し、いい大学も出たぞとそれなりに自負があり、人よりも強いぞとマッチョな気持ちで仕事に挑んでいた自分が、やりたかった仕事についたのに、こんな形で辞めることには、とてもしんどいものがあります。

 

そんな私が私のプライドを優先して、それでもやりきるぞ!、とボロボロの姿でポジティブな宣言することもできました。このブログを書かずに、そういう選択肢を選ぶこともできました。

 

ですが、繰り返しになりますが、今のまずい状態の私(自覚はあるんです)には、今降りないともっとまずいことになるぞ、強がって引き受けて倒れたら今の最悪がもっと最悪になるぞ、というかすかな理性が残っていたので、プライドなんかよりも優先してこの決意に至りました。

なんか日本語が変ですね、変じゃないかな。ごめんなさい。とにかく、そういう気持ちです。伝われば幸いです。

 

 

では、私がこうなってしまった原因は何か。

正直、それは自分ではよくわかりません。むしろ、わかっていればこうなる前に対処もできたはずだし、理性的な解決法をいくつか試していたはずです。

これはストレスという4文字に片付けられてしまうかもしれませんが、私には人生のどれがストレスなのかもわかりません。

 

プライベートでは近しい人が亡くなったことが何件か続きましたし、家族のことなどで苦労し、自分自身が胃潰瘍になり吐血することも続きました。

ちょっと疲れているという自覚はありましたが、私自身は心から元気に変わらずに過ごしているつもりでした。もしかすると、人生の全てがもう最初からしんどかったけど、それが今になって決壊しただけなのかもしれませんが、もう、今となってはわかりません。

 

今、ひとにはあまり積極的に会える状態ではありませんが、かといって見るからに弱々しい鬱状態というわけではなく、気をぬくとなぜか数時間経っているような感覚なので、はたから見ると「おまぬけ」な感じがする状態です。

付き合いの浅い人なら「いつも通りじゃない?」と思うかもしれません。

 

リストカットをするわけでも、いきなり暴れるわけでもありません。

私はいたって普通です。

不意に涙は出ますが、それは私に残されたプライドが「なんで今、こんな自分になってしまったんだろう」と思っているだけで、明確な意思に基づいて涙を流している感じです。悔しさです。

うまく脳が機能せず、呂律が回らない、無気力な人間、とでも言えばいいのでしょうか。本当に、普通なんです。

でもそう書けば書くほど、そうじゃないように見えてしまう気もして、もはやどう書けばいいのかすらわかりません。

 

 

とにかく、私は今の自分が平気だと思っていましたし、だから「それでもやりきるぞ!」と宣言を続けるつもりでしたが、ついに私の姿を見かねた夫に「もう休みなさい、お金はなんとかするから大丈夫」と言われ、医者にも背中を押されたのでこのお知らせを書くと判断ができました。

 

ちゃんと歩けますし、食べようと決意さえすればご飯は食べられますし、頭にはあまりはいりませんがテレビを視界に入れることは可能です。

人に会う気にはなれませんが、外にも一応出かけられます。なじみのコンビニ店員ともジョークを飛ばせるほどです。

インスタやTwitterなどで顔も知らない人のツイートを眺めるのは楽しいですし、思ったことや適当な冗談を呟くのは楽しいです。

加えて、これらの行為は一種の仕事からの逃避行動だと自覚もしています。

 

だからやっぱり、どこかで「私ってば、今だけちょっと仕事が嫌になっているだけでしょ、私本当はできるはずじゃん」とまだ自分自身で思っている節があります。

 

 

が、ついに行った精神科でノーを突きつけられたことも私には本当にショックでした。ショックでもあり、ありえない、とも思いました。

 

周囲の人は知っていますが、私は精神科を基本的には信用しておらず、「どうせお前らは些細なものでも何にでも病名をつけるんだろ、それで経営しているんだろ」という疑い深い気持ちでしたし、漢方じゃない薬を飲むこともとても嫌いです。

 

それでも、一応、と背中を押されて行った病院では「あなたが病名をつけられたくないことはわかっている、けれど、今はもうそんなこと言っている状態ではない。最悪、病院には通わなくてもいい。でも、せめて仕事は絶対にやめてください」と医者に明言されました。

病名ももらいました。

ああ、本気で言ってるんだ、とこれまたぼーっと第三者にでもなった気分でその医者を眺めていました。これはどうやら、他人の言うことを飲み込まなくちゃいけなさそうだ、と。

 

 

長くなってしまいましたが、そういう事情や状況で私はライター業を辞めます。

もしも今後仕事を頼もうなどと思っていた未来の依頼者がこれを読んでいたら、ごめんなさい。こういうことで、残念ですがもう引き受けられそうにありません。責任を持てません。

 

これからどう治療していくか、そもそもこれがどういった状態なのか、そういう見通しはあまり立っていません。

というか、見通しが立つのかもわかりません。病名は思った以上に深刻な名前でした。(仕事で関わる人には伝えています)

夫には「休めば治ると思う」と言われていますが、果たしてこれが治るようなものなのか、病気なのか、何もわからないのが正直なところです。

 

今、私が唯一わかるのは、迷惑をかけた人には謝罪をし、これ以上迷惑をかけないようにまずは仕事を辞めるということだけです。

いつかまたライター業を再開する場合は、……とまで書いて思いましたが、やっぱり再開することはない気がします。それぐらい、強い気持ちです。仕事を降りることは、つまり一種の責任の放棄ですから、軽々しく戻る予定ですだなんてやっぱり言えません。

 

「作家業としての仕事は、金銭的報酬や締め切りがない場合のみ引き受けます」ということも書こうとも思いましたが、これもまた曖昧なものなので、ちょっと先が読めません。

今回の状態で途中で断ることになったCM脚本の仕事もあるので(代打は自分で見つけましたが)、やっぱり無責任なことをいうわけにはいきません。

エッセイや小説、脚本、登壇などの仕事は何かある場合はご相談ください、とだけ書いておきます。イエスかノーか、返事はします。

 

 

ぷつんと途切れてしまった今の私は、しかばねのようです。

格好良くないのに、かといってクズのような面白さもありません。

辞めることにも勇気は必要ですが、これは勇気ある撤退でもなく、ただの迷惑な突然の閉店といったほうが正しいものです。最悪のタイミングでの戦線離脱です。

 

この辞職によりご迷惑をおかけした(する予定の)人、ライター業の私に何か期待していた人、本当にごめんなさい。恥ずかしいけれど、悔しいけれど、今はこうするしかできません。

 

しばらく、休みます。

貯金で生活し、まずは生活を立て直します。

 

 

雨宮美奈子