作家・ライター
シンガポール出身,元気なシングルマザー
鬱々とした陰気な感情を,
軽やかでポップな文章にするのが得意です

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午前5時に開くアプリ。誰でもいいから、応答せよ

精神的にしんどい出来事が重なって、身も心も悲鳴をあげている時にこそ、ひとは助けが必要だ。だけど私には、そんな助けを頼める相手など思いつかない。

 

もやもやとした精神状態で夜を過ごすと、人は眠れぬまま朝を迎えることとなる。どうでもいい、無意味な徹夜をしてしまった。自己嫌悪。少しずつ差し込む陽の光が、残酷そうに、けだるそうに午前5時を伝えてくれる。

ああ、もう、朝か。最悪だ。

眠れぬままそう思うと、なんだか新しく始まろうとするこの日が、どうしようもなくどうでもいいもののように思えてくる。昼にはどうせ眠くなって寝て、そして無駄に1日が終わるんだ。昼夜逆転の始まりを感じる。

 

午前5時、明け方。

こういう時にこそ、誰かに連絡がしたくなる。LINEの緑色したアプリを開いて、適当に友だち一覧とやらをスクロールをしてはみるけれど、こんな時間に応答してくれそうな相手を私は知らない。数百人もいるのに、だ。

いや、たとえこんな時間でなくとも、私は頼るべき的確な相手を知らない。

 

東京はこんなにも広くて、人が溢れているというのに、今日も私は誰にも何も送れないメッセージアプリを閉じたり開いたりして、無意味な行動を繰り返す。スマホの限りある電池を少しずつ、少しずつ消耗する。閉じて開いて、閉じて開いて。

ねえ、この中の誰か応答して、呼応して。そう思ってはみるけれど、じゃあ、誰にメッセを送るというの。自動応答する企業アカウントに話しかけてみても、数秒で空虚さに襲われて、バカバカしくなる。

 

誰でもいいのよ。誰でも。

ああでも、できれば人間がいい。

 

そう思うと自暴自棄な感情が止まらなくなって、私はTinderの赤いアプリを開く。別に異性との出会いを求めているわけでもない。設定は「性別不問」にしているから、スワイプすればするほど男女関係なくどんどん見知らぬ人の顔が流れてくる。

それらを全て右にスワイプする。

はいあなたともマッチング、あなたもマッチング、あなたもマッチング。どうでもいいし、誰でもいい。

この際、もはや誰でもいいから、この不毛でどうしようもない孤独な明け方の時間に、「何してんの?」と一言問いかけてくれればいい。そしたら眠りに落ちることができる気がする。

外では、カラスの鳴き声が響いている。くっだらない休日の明け方、私はすることもなく、Tinderのスワイプを右に何十回、何百回と重ねる。マジでくだらない消耗戦。

 

べつに結婚していたって、友人と呼べる人がいたって、午前5時に私をどうにかできる相手はいない。寝息を立てているみんなを、今更起こすわけにもいかない。

26歳にもなって、思春期のどうしようもない気持ちのやり場のなさ、焦りのようなものを明け方に全身に感じながら、ああもうどうしよう、と言いながら、こうやってキーボードを叩くしかない私がここにいる。気持ちは爆発しそうになって、水圧の強すぎるシャワーヘッドから手を離した瞬間にシャワーヘッドが大暴れしているかのような、ああいうわけのわからない動きをしている自分の気持ちに、理解のほうが追いついていない。

 

残念ながらこの感情や気持ちってば、そりゃもう本当にくっだらないし、そんな鬱みたいな感情は大人なんだし自分でさっさとどうにかしろって話なんだけど、そうもいかないんだこれが。つまらない感情や嫉妬や、どろどろとしたきついものに支配されながら、人生どうしようと悩んでたらこんな時間になるんだよ。

対処しきれないのは、私の未熟さが原因なのはわかってんだよ。でもさぁ、きついんだよ。

 

休日明け方のテレビ番組は、天気予報かテレビ通販しかやっていない。

量産した女子アナの偽物みたいな女が、私の脳内に今日の天気をそっと教え込んでくれる。今日は曇りです、雨が降りそうです、とのこと。ああ、そうですか。傘が必要ですね。洗濯はやめておいたほうがよさそうですね。そうやって、声に出して敬語でテレビに相槌を打つ。

 

彼女たちは、午前5時にこんな気持ちになったりしないのだろうか。え、私だけ?

東京ってこんなに広いけど、今こうやって起きて変な気持ちに支配されて、苦しいよって眠れずにいるのは私だけ?

鈍い胃痛に意識を半分持っていかれながら、どうにか眠りにつかなきゃと呼吸を整えてはみるけれど、うまくいかない。緑のアプリも、赤のアプリも、応答なし。だって5時だもん、仕方ないけど、でもやるせない。

 

そういや小学生の夏休みって、朝顔育てるんだっけ。ラジオ体操のスタンプ集めるんだっけ。ノスタルジー。

おっと、そういうことを考え出すとき、人間ロクな精神状態じゃない。小学生を羨ましく思っても、私はそういう時代を今からやり直せるわけでも、改めて過ごせるわけじゃない。

ランドセルを背負っても、「僕の夏休み」はリプレイできない。わかっちゃいるが、やり直したくなる。

 

あの高校に入ってたら、あの大学に入ってたら、あの会社に入ってたら。タラレバ言いながら、次に時計を見れば午前6時。誰かそろそろ、応答してよ。

そんなわがままを抱きながら、とりあえず布団に潜る。新聞配達のバイク音が聞こえる。今日は少し遅いみたい。

 

大人になったら、深夜にこんな感情に支配されることなんてないと思っていた。これじゃ高校時代に深夜ラジオを聴きながら感じていた感情と、なんら変わらない。

 

虚無。

こんな明け方に、私は一度も鳴ってくれないスマホを床に投げつける。誰か。苦しさが臨界突破した次の瞬間、衝動的に緑のアプリも赤いアプリも消してしまう。

もうどうでもいい。

 

そう思った瞬間、なぜか眠気がくるのであった。おやすみ、世界。

 

起きたら消したアプリも、正しい感情設定も、再インストールするよ。

 

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